『SHIENと将棋』(第5回)-ひな飾りの中の将棋
作成者 admin
—
最終変更日時
2010年03月02日 17時10分
『SHIENと将棋』(第5回)-ひな飾りの中の将棋
私は、将棋指導のため、年に何度か鹿児島を訪れます。
せっかく福岡から行くのに日帰りはもったいないので、鹿児島を見て回ろうと思い、昨年訪れたのは島津家の歴史を学べる尚古集成館です。
ここで、私は将棋を発見しました。 
何の中にか? それは、展示されていたひな人形の段飾りの中にです。
囲碁と将棋のミニチュアが段に飾られていたのです。
私は、うれしく思いました。と同時に、その意味を考えました。
そして、将棋や囲碁は、教養であり接待道具の一つであるという認識があったのではないかとの思いに至りました。
教養、接待道具、いずれにしても大切なものだと私は思います。
最近の大学生は、使える人が少ないということから、社会人基礎力をつけさせようとする動きがあります。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか? 私は、学力と社会人力を切り離して子どもたちを育てているからと感じます。
また、個人に注目するだけの教育や「個性化」教育をしてきた結果が、このような学力だけ人間を生んでいると思います。
さらに、その学力自体が低下しているとさえ思います。
専門家においても、それぞれが分離し高度専門化することで、人間として持つべき温かさ、豊かさ、そういうものが次第に失われつつあると感じてしまいます。
大学生や専門家にかぎったことではなく、多くの人の心から大切なものが失われようとしていると感じます。
なぜ、人の事までしないといけないのか!?
自己責任ではないのか!?
私たちは、必死にやっているんだ!?
もちろん、これらの言葉も大切で、一人ひとりがしっかり生きることは大切でしょう。
しかし、人間とは、社会とは、いったいどうあるべきなのか?
わたしは、生きていてうれしくなるような社会をつくることが大切だと思います。
教養、接待、人とのつながり、ぬくもり、温かさ、周りの人の優しい心を感じる、・・・・ そういうことって大事ではないでしょうか?
決められたことだけを、言われたままにやるだけでは生まれない生きていることの感動を味わって生きたい。
人間として生きるための教養や人とつながることが大切だと思いながら生きて生きたい。
それぞれの人が天分を発揮し、お互いが助け合いながらつながるというSHIEN的な考え方と、教養、接待は、密接につながった関係にあると思うのです。 ひな飾りの将棋を見ながら、そんなことを考えました。
教育計画研究所
重松孝
[こんなシゲちゃんです] 困っている外国人がいたら、May I help you? と、つい話しかけてしまいます。